札幌高等裁判所 昭和28年(う)569号 判決
所論は被告人向井岩男が相被告人佐藤寛とともに、原判示工場の構内に立入つたのは、実に同工場がその従業員に対して低賃金と労働強化を露骨に押しつけ、しかもこの迫害に対する従業員の心からの正当の要求を押しつぶすために職制の圧迫を一段と強めそれによつて内外の反動勢力の戦争と植民政策を強行していたので、これに反対して真の平和、独立、自由を確保せんためであつて、不法に他人の看守する建造物に侵入したものではないというのである。按ずるに被告人向井が何の目的で本件の工場構内に侵入したかについては、原審第三回公判調書中証人水野一の供述記載によると工場従業員にビラをまく目的であることが認められるが、それ以外のことは何も認められない。そのビラまきが所論のごとく真の平和独立自由を確保する目的であつたとしても侵入の目的が違法でないと云うだけで、直ちに侵入罪の成立を妨ぐるものではなく法令上の根拠があるか或は業務に因る等侵入を正当とする事由のない限り工場管理者の意に反して侵入した場合には住居侵入罪は成立するものと云わねばならない。(中略)
控訴趣意三について。
所論の要旨は、原判決は被告人長岡留吉、同山口清を不退去罪に問擬している。しかし右被告人等は相被告人向井光男、佐藤寛が守衛等に守衛詰所へ連行されたので、同人等の釈放を交渉するため、一般人が自由に立入ることのできる原判示カード室へ入つたまでであり、しかして右交渉が不調に終つたので同所を退去帰途についた直後に逮捕せられたものであるから、もとより不退去罪を以て論ぜられるべき筋合にあらずというのであるが、原判決挙示の証拠中の原審第二回公判調書中証人原義克の供述として、「向井岩男、佐藤寛の両名が工場の構内に入つているのを認め、守衛中野未春とともに同人等を守衛詰所に連行したところ、閉めてあつた通用門を足で蹴つて一人の男が入つて来、こにいる者を放せというので、あなたに用事がないからと退去を要求したところ五分位して出ていつた。すると暫くそして眼鏡をかけた人に続いて七、八名の者が這入つてきて、カード室や受附口のまわりで、中に入れてくれというので私がカード室から守衛詰所に入るドアーの処に立ちふさがつて入つては駄目だ、すぐ出ていつてくれといつて中へ入れませんでした。そこえ鉄道公安官が四、五名きたので、同人等と共に退去を要求したが、同人等は去らず、七、八名のものは次第にふえて十七、八名となり、その中には被告人の長岡もいたと思う。そうして同人等は結局は出ていきましたが、それは相当時間が経つからのことである」旨の記載、同上公判調書中証人中野未春の供述として云々……(中略)
旨の記載その他原判決挙示の証拠を綜合すると、原判示のカード室は何人でも自由に出入できる場所ではなく、そうして被告人等は、判示工場内に侵入し現行犯として逮捕され守衛詰所に連行された向井岩男、佐藤寛を取戻さんとして、原判示工場の正門から守衛詰所前カード室に立入り、同所において守衛原義克、鉄道公安職員大河内良雄等から退去の要求を受けながら約一時間、これに応じなかつた事実を認めることができる。その後山口及び長岡の両被告人は退去してその直後に逮捕されたのであるが右の事実によつて、不退去罪の所為は既遂となつたものと云わねばならない。
然らば原判決には毫も事実の誤認はなく、論旨は理由がない。尚控訴趣意第一、二点を通して、所論は、原判決は法の名によつて、共産主義思想を弾圧するものであつて憲法に違反するというのであるが、原判決は、被告人が共産主義思想をいだくからといつて事実の認定或は法律の解釈適用を左右したのでは決してなく、論旨は理由がない。
(註。本件の破棄理由は量刑不当。)